映画は時代を映す鏡 

<ブログ18年目です>

「はじまりのみち」

木下惠介監督の生誕100年記念作。

この映画公開にあわせて松竹が運営するCSテレビ衛星劇場で、監督の「陸軍」が無料放映されたので、これを観てから映画館へ。

終戦前年の昭和19年に”陸軍省後援・情報局国民映画”として作られた「陸軍」は、老舗質屋の三代記を描いた火野葦平の小説を映画化。
木下惠介監督は、戦意高揚映画ではなく、出征する息子を見送る母の姿を延々と追って終幕するという、子をおもう母の真情を描いた映画にした。

映画「はじまりのみち」は、
情報局の意図に反する映画を作ったことで、監督が映画会社に辞表を出して浜松に帰るところから始まる。

両親の疎開先には、脳卒中で寝たきりの母親がおり、安全な山の中の家に移そうとリヤカーで17時間に及ぶ山越えをする。
道行のなかで、母親への思い、監督復帰への思いなどが交錯しながら淡々と描かれる。
ただこれだけの物語を、一本の映画にしてしまうとは、原恵一監督恐るべし!
とても初の実写映画監督作とは思えぬ出来栄え。
単なる”母もの映画”ではなく、若き木下惠介監督の人間味、映画への情熱、精神的葛藤描写に心打たれた。

”悪い人”を描かない木下監督の映画どおり、この映画にも監督好みの登場人物ばかり。旅館澤田屋の一家の人々しかり。
ドラマを盛りたてる意地悪そうな便利屋(濱田岳)も、木下調に変貌。
この便利屋との河原での会話が、実にいい。
若き木下惠介役の加瀬亮は、木下監督本人の雰囲気がにじみでている。

この映画の最後には、木下監督の代表作品が映しだされる。
個々の作品の優れた場面の切り取りかたは、お見事!という他なく、木下監督を敬愛してやまない原監督ならではの貴重なカットの数々である。
映しだされた作品は全て観ていたので、自分自身感慨もひとしおだった。

「陸軍」で息子を必死で追いかけていた母親(田中絹代)が、「楢山節考」では、息子におぶさって母親(田中絹代)が楢山に捨てられに行く。
雪が降りだした楢山でひとり祈っている母の姿という名場面が映しだされると、田中絹代扮するふたりの母親像がダブってきて、ここで遂に泣けてしまった。
田中絹代は「楢山節考」で、丈夫すぎて恥ずかしくおもっていた前歯を臼で打ち砕くという場面のために、田中絹代自身の前歯を抜いて撮影に臨んだことも知っていたので、前歯がない顔が映ると、なおのこと感無量となった。

木下監督作全49作品のうち40本観ているほど私も敬愛する監督の実話映画化でもあり、
今年これまでの”マイ・ベスト映画”。



マイブログ記事から・・長部日出雄著「天才監督木下恵介
http://d.hatena.ne.jp/uramado59/20060205/1139124674

マイブログ記事から・・「喜びも悲しみも幾歳月」に感動
http://d.hatena.ne.jp/uramado59/20080612/1213243647